粗食がベスト

日本人は本当に豊になったのだろうか?という永遠のテーマ

日本は、昭和9年から10年をさかいに泥沼的な戦争(第二次世界大戦) に入り、それ以後、食生活は最悪の時代をむかえることになります。

敗戦の前年には、日用物質、とくに食糧の不足はいよいよ深刻さを増し、東京ではビヤホール、デパート、大衆食堂などが雑炊食堂に変わり、その前には毎日のように一般市民が長蛇の列をつくつたといいます。

「欲しがりません勝つまでは」という標語が流行したのもこのころです。このような状況に対して、敗戦後、アメリカから小麦、脱脂粉乳、砂糖、ベビーフード、大豆、肉、缶詰などが配給され、日本人はからくも餓死をまぬがれたのです。
ここで大切なことは、日本人は小麦粉や脱脂粉乳という食物によって救われたのであって、食生活が欧米化したことによって救われたわけではないということです。

つまり、食糧難時代には、小麦粉や脱脂粉乳でなくても、いもやトウモロコシ、米でもよかったのです。ようするに「食べられる物」が必要だったのです。
しかし、述べたように、戦後の栄養改善運動、食生活近代化論全盛時代にあっては、一般の国民がそのことを冷静に判断することなどできるはずもありませんでした。これは日本以外でも同じことがいえるようです。

今でこそ、日本が食糧援助をすることもありますが、ほとんどの場合、援助をするのはアメリカをはじめとした欧米先進国といわれる国々なのです。

つまり、いつの場合でも援助される食程は、小麦粉、脱脂粉乳、缶詰、あるいはトウモロコシなどになります。それらの食糧によって細菌性感染症が減少すれば、やはり「タンパク質を中心とした食生活」によって救われた、と考えたとしても不思議ではありません。

「動物性タンパク食品(肉、牛乳など) の摂取量と平均寿命は比例する」などという説も、よくよく検討してみると、動物性食品が増えているというよりも、食程が安定してきたというほうが正解なのです。

いずれにしても、日本は世界一の長寿国といわれ、100歳以上の長寿者もたくさんいます。そのような話を聞けば、現在の食生活は理想的状態にある、という言葉も事実のように聞こえてしまうものです。

しかし100歳以上の人たちは何を食べてきた人たちなのか、体をつくり上げる若いころは何を食べていたのかと考えてみると、明治生まれの人たちが、肉や牛乳をたくさん食べて育ってきたはずはないのです。けっして今の食生活によって長生きした人たちではありません。

哲学者、和辻氏は、「食物の生産にもっとも関係が深いのは風土である。人間は獣肉と魚肉とのいずれを欲するかに従って牧畜か漁業かのいずれかを選んだというわけではない。

風土的に牧畜か漁業かが決定せられているゆえに、獣肉か魚肉かが欲せられるに到ったのである。同様に菜食か肉食かを決定したものもまた菜食主義者に見られるようなイデオロギーではなくして風土である」 と述べています。FOOD(フード) は風土が決めるもの、それが自然ではないでしょうか。

その風土に根ざした日本人の栄養学によって、私たちの祖先は何千年、何万年と生きてきたのです。まさに、その歳月は人体実験の歴史ということができると思います。

これほど確かなことがあるでしょうか。もちろん、昔の食生活がすべて正しかったなどというつもりはありません。

量的にはけっして満足できる状態ではなかったからです。しかし、現在の私たちは「科学的」あるいは「欧米的」という言葉にまどわされ、大切な知恵をあまりにも忘れすぎているのではないでしょうか。

何でも食べるようになった現在の食生活が本当にそれでよいのか、まだ、人体実験の歴史はわずか数十年でしかありません。そして、早くその間違いに気がつけと、子どものアレルギー疾患や生活習慣病の低年齢化などの黄色の信号が、そこらじゆうで点滅しているのではないでしょうか。

完全な赤信号になってからでは遅いのです。
その自然の中でよりよく生きるために伝承されてきたのが伝統的食生活であり、その知恵が日本人の栄養学なのではないでしょうか。


100歳になっても働きながら生きる

平均寿命が延びたも1つ理由として、かつては不治の病といわれた結核や腸チフス、コレラなどの細菌性感染症が激減したことがあります。

これはだれの目にも明らかなことではないでしょうか。そのことはおおいに喜ぶべきことですが、じつはそのことが現在の食生活、ひいては医療全般を考えるうえで大きな錯覚をもたらしているのです。
つまり、結核が減った、その理由は何だったのだろうということなのです。

もっとも大きな錯覚は、医療の進歩、つまり抗生物質が発見されたことによって結核は撲滅した、という考え方です。たしかに、おおざっぱに見れば抗生物質が登場した時期と、結核が減少しはじめたは同じ時期になっています。
しかしていねいに見ていくと、コッポが結核菌を発見したころには、すでに結核は減少しつつあったことは、多くの学者によって確かめられています。

「ほとんどのヨーロッパの国でも、結核による死亡率は、1世紀以上もの間、予防接種や抗放線菌剤の助けをかりることもなく、ほぼ一定の速さで減少しつづけてきた」記録されています。

そしてデュボスは、細菌による病気の流行は、社会的悲惨さにこそ大きな原因がある、つまり、「戦争、飢餓、および悪疫が一緒にやってくる」と述べています。

そして、どこの国でも戦争などの社会的悲惨さが過ぎれば、細菌性の疾患が減少していることを明らかにしています。

現在では、結核をはじめとした細菌性感染症が減少した理由として、社会的悲惨さの解消によって改善された衛生面(飲料水、汚物処理、安全なミルクなど)、あるいは栄養改善、精神的安定などが主たる理由となっていることがわかっています。

そのことは、わが国でも江戸時代の天明の飢饉や、天保の飢饉などでもかなりの人たちが疫病(細菌性感染症) で亡くなり、自然条件が安定するころになると死者が減少していることでも明らかなのではないでしょか。

当然ですが、江戸時代には抗生物質などあるはずがありません。そして、抗生物質がある現在でも、食糧事情のよくない第三世界においては、細菌性感染症が主たる死因であることもわかるのではないでしょうか。

もちろん、抗生物質がまったく効かなかったといっているのではなく、主たる理由ではないということです。しかし、「結核=抗生物質=特効薬」という錯覚は一般の人たち、あるいは医療従事者の頭に強くこびりつくことになっています。その影響は、ガンや糖尿病、心臓病などの「文明病」が主流になった現在でも根強く残っています。

それは、現在の医療の盲信的ともいえる薬信仰、あるいはガンの特効薬探しなどに現れているのではないでしょうか。
このような発想からは、ライフスタイル全体(食生活、精神、運動など) の見直しといった考え方が出てこないのも、仕方のないことなのかもしれません。

現代人の多くは、次のような疑問を感じている人も、多いのではないでしょうか。「粗食だった昔の日本人は寿命が短く、食生活が豊かになって平均寿命が延びたではないか」「食生活が豊かになって、子どもの体位は見違えるほどに立派になったではないか」といった疑問です。

そのように考える人たちがいたとしても、当然のことだと思います。なぜなら、それほどまでに私たちはそれらの言葉を耳にすることが多いのです。いや、耳に入れら叫れているといったほうがよいのかもしれません( そのほうが都合のよい人たちがたくさんいるようです)。

しかし、本当に日本人の平均寿命は、延びているのでしょうか。まず、そのことから考えてみたいと思います。そもそも平均寿命というのはどういう意味かというと、「○歳の子どもがあと何年生きられるか」という、○ 歳の子どもの期待余命のことなのです。


その算出法は、次のようになります。まず、○歳の子どもが一1000人いるとして、それらの子どものうち5人死ぬとすれば995人になります。
次に1歳の子どもが7人死ぬとします。そうすると988人になります。そのように各年齢で死ぬ人数を引いていくと、最後には0になります。0になるときの最後の人の年齢を平均寿命といいます。

ところが、産まれたばかりの子どもが各年齢で何人死ぬか、そんなことはわかりません。そのために、現在の各年齢別の平均死亡率を当てはめるわけです。つまり、現在○歳の子どもが70歳でどのくらい死ぬかわからないために、現在70歳の人たちの平均死亡率を当てはめているわけです。

統計をとるためには、このような方法をとらざるをえないのでしょうが、やはり無理があります。今年生まれた子どもたちが70年後に、現在70歳の人たちと同じ死亡率になると考えるのは、あまりにも強引ではないでしょうか。少しわかりにくいかもしれませんが、これが平均寿命なのです。

現在のあなたが30歳だからといって、80年引く30年であと50年は生きられるという数字ではないのです。そして、この数字を押し上げている最大の理由は、医学の進歩と衛生の発達によって、乳幼児死亡率と結核をはじめとした細菌性感染症の死亡率が低下したことによるのです。

むしろ、その一方では生活習慣病が増加し、医療機関の保護によって「生かされている」老人が増えているのが現状ではないでしょうか。このような状況で、はたして平均寿命が世界一と素直に喜べるでしょうか。

以上のように、平均寿命が延びたというのは、乳幼児の死亡率の減少と結核を中心とした細菌性疾患が減少したことがおもな理由であって、現在の私たちがこれからも長生きするということを証明する数字でもないし、私たちがより健康であるということを証明する数字でもないわけです。

もうだいぶ前になりますが、俳優の宇野重吉氏が亡くなりました。宇野氏はガンにかかりながら最後まで舞台をつとめました。しかも、自分の出番のないときには舞台の後ろでベッドに横になりながら全国を廻ったといいます。

もし、宇野氏が時間という物理的な延命だけを望むなら、病院に入院したほうがよかったのかもしれません。しかし、それを選ばず仕事をまっとうしたわけです。このような話を聞くと、時間という物差しだけで寿命というものを考えることには何か冷たい、血のかよわないものを感じて仕方ありません。

「われわれは医療技術をうんぬんするときに、はたして人間の意志を考慮に入れているだろうか。気持ちの大きさをはかり、悲しみの重さをはかり、愛のふかさをはかったりするだろうか。同様に、ものごとの関係、つながりぐあい、変革といったことは数量で表すことはできない。こういったものごとの質的変化という、豊かで複雑な世界を科学的に測定する手だてなどありはしないのだ」と思うのです。

量という言葉には語弊があるかもしれませんが、たしかに最近の子どもたちの体位は大きくなりました。しかし、精神面、あるいは健康という質の部分を考えたとき、今の子どもたちの体位は向上していると素直に喜べる状況でしょうか?


飽食の時代だからこその「栄養失調」 - 粗食

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